まわれアザラシ、棍棒よけて。

公演の宣伝用ブログ 兼 雑記

21歳④

TITLE: 遊びは、あらゆる真剣を、小指一本でひねりつぶしてなお余りあるパワーを持っていると思う。ただ、遊びには、普段からたたみに寝っころがって、やるきになるまでなにもしないところがある。

DATE: 07/28/2011 14:07:30

BODY:

きがくるうまであそびたおしたい。

これからずっと。
しぬまでずっと。

よのなかをあまくみて、じぶんをあまやかして、ひとをあまやかして、いらんことして、

むだをむだともおもわず、むだにむだをつみ、あきたらほったらかして、だらだらして、そしてまた、むだをつみ、

いみがあるのかないのんかしらんけど、これ、きもちええなぁ、ってところをさがして、
さがして、さがして、さがして、

できるだけなかよく、やさしく、やらしく、でもけっきょくはやさしく、

そういうふうにやりたいなぁ。

あと、みんなでおいしいもん、たべたい。

 

〜〜〜 その後、 思ったほど、皆とおいしいものを食べれる人生は送ってこなかった。 おれはいつでも比較的ウェルカムなのだが、 人を誘うことがどうも出来ず、なんとなく、シャイな方向に振れてしまう。 演劇をやっている理由の一つに、人と飯を食う機会があるから、というのはもちろんある。だけど、ついついシャイな方向に振れてしまう。 変なプライドがあるのかな? 疲れていることが多いからかも。 そうか、それが正しい気がする。 気が狂うまで遊び倒す前に、帰宅したがる。 さがしてさがしてさがして、せずに、 家に帰る。 対象がないからかも。 対象のない優しさはむなしい。 対象のないご飯の誘いはそもそも成り立たない。 あそぶということばがさしているのは、 一人で遊ぶことなのか、 人と遊ぶことなのか、 その辺もあいまいだ。 たぶん、両方をさしているのだろうけど、 そのへんのあいまいさで、宙ぶらりんになっている。 一貫した強さがない。